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2004年11月27日

パレーの作品集(世界初録音)

エドゥアルド・ペロン(指揮) デトロイト聖母被昇天洞窟教会管
パレー;バレエ音楽「不安なアルテミス」・弦楽交響曲(GROTTO)
 
マリオン・タナウ(Vn) ナディーヌ・デルーリー(Vc) エドゥアルド・ペロン(P) ほか
パレー;Vnソナタ・Vcソナタ・弦楽四重奏曲(GROTTO)
いつもお世話になっているWOODMANさん@ユビュ王の食卓から、CD Babyというマイナー・レーベルや自主製作盤の委託販売を専門にしているオンライン・ショップで、パレーの作品集が販売されていると教えていただいた。
これは一大事とオーダー、1週間程度で配達された。
面白いことに、オーダーのプロセスでプラスティック・ケース付きか無しかを選択できるようになっている。無しの方が送料が安くつくので、そちらで頼んでみた。CDは窓付きの紙封筒に収められ、丁寧に梱包されているので問題なく届いた。
 
2枚とも、以前からパレーの作曲の紹介に熱心に取り組んでいるデトロイト聖母被昇天洞窟教会の主任司祭ペロン師が製作したもの。
師は、パレーの娘さん(2003年に逝去された)やお孫さんとも交渉して彼の書簡や資料を収集、その作品の校訂・演奏・録音に努力し、かつ詳細なブックレットを執筆している。まことにマニアの鏡のような人物といえよう。
バレエ音楽「不安なアルテミス Artémis troublée 」(1922年)は、舞踊家イダ・ルビンシテインのために書かれ、初演の美術と衣装はレオン・バクストが担当した。
ルビンシテインは、ラヴェルボレロを作曲させたことで知られているが、当時カリスマ的な声望を博していたダンサーである。またバクストはディアギレフバレエ・リュスで活躍したことで、あまりにも有名。
パレーとバクスト、ルビンシテインとの交渉については、ペロン師のライナーノートに詳説されているので、いずれ紹介してみたい。
弦楽交響曲(1944年)は、もう一枚に収録されている弦楽四重奏曲(1919年)を、第二次世界大戦末期に指揮活動ができなくなった余暇を利用して、Cbパートを付加し弦楽合奏用に編曲したもの。
前者は2003年2月16日、後者は同年3月2日にデトロイト聖母被昇天洞窟教会で録音された。
 
Vnソナタ(1908年)は、パレーがパリ音楽院に在学していた時期、22歳の作品で、知人のVn奏者エレーヌ・ジュルダン・モランジュに捧げられた。(彼女はラヴェル;Vnソナタの被献呈者としても有名)。
ただし、初演は1920年まで待たねばならず、演奏者もジュルダン・モランジュではなかった。
かのヘンリク・シェリングは、この作品を何度も演奏し、あまりよく知られていないことを残念がっていたという。
Vcソナタ(1921年)は、親友のVc奏者ジェラール・ヘキング Gérard Hekking のために書かれ、ヘキングによって初演された(ピアノは作曲者)。この人はアムステルダム・コンセルトヘボウ管の首席奏者やパリ音楽院の教授を務めている。
この曲は1920~30年代、フランスでよく演奏されたという。
弦楽四重奏曲(1919年)は、第一次世界大戦に従軍したパレーが、ドイツ軍の捕虜となりダルムシュタットの収容所に囚われていた間に、構想された作品。リュシアン・カペーに献呈されたが、初演は上記のヘキング等が行っている。
後年、弦楽合奏用に編曲されたことは上述のとおり。
 
独奏者のうち、タナウはルーマニア生れ、1989年の革命の混乱からアメリカに渡り、1995年からはデトロイト響第2Vn奏者に加わっている。
デルーリーはフランス生れ、パリ音楽院でナヴァラに学び、のちイェール大でパリゾに就いた。1983年以来、ミシガン歌劇場管の首席奏者を務めている。

投稿者 seikaisei : 2004年11月27日 22:30

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