平成17(2005)年12月1日〜5日
到着   コンサート
第1回
  コンサート
第2回
  コンサート
第3回
  サロネン
"襲撃"
  音盤屋
荒らし

エサ・ペッカ・サロネン(指揮) ロサンゼルス・フィル
シベリウス;交響詩「フィンランディア」
ステーンハンマル;管弦楽のためのセレナード
グリーグ;ピアノ協奏曲
レイフ・オーヴェ・アンスネス(P)
 
2005年12月1日(木) 午後8時〜
2005年12月2日(金) 午後8時〜
2005年12月3日(土) 午後2時〜
ウォルト・ディズニー・コンサート・ホール
ロサンゼルス
ウォルト・ディズニー・コンサート・ホール

 今年2月にロサンゼルス・フィルの演奏会情報を知って以来、念願してきた遠征を実現できることになった。
 たまたま本業で少し休みを取りやすい期間と重なってくれたおかげで、これはもう僥倖と言うほかない。
 また、現地に住んでおられるWeb上の知人の御厚恩により、チケットを確保していただいたり、ホテル・渡航情報をお知らせいただいたりと、たいへんお世話になった。重ねて感謝申し上げる次第である。
 
 海外旅行は3年前のウィーン訪問以来、アメリカ大陸は初めて、更に単身で外国に行くのも初めて。それやこれやで、とにかく移動・宿泊はなるべく気楽にということで、日本航空と日本語の通じるホテルをパッケージにした旅行会社のツアー(LA空港への送迎付き)を利用した。
 


ロサンゼルス国際空港
ロサンゼルス国際空港(入国審査)
ミヤコホテル・ロサンゼルス

12月1日(木): この日、午前中は職場で仕事。午後から休みを取って、自宅で荷物を持ち換え、関西国際空港へ。海外で使える携帯電話のレンタル手続と、忘れ物(モバイルPCのマウスなど)を買い足しなど。
 午後5時30分発のJL060便に搭乗、定刻より少し遅れて午後5時55分に離陸。機内ではひたすら睡眠、昨晩は荷造りなどで3時間も寝ていない(久しぶりに使うモバイルPCのセッティング−ソフトのアップデートなど−が時間を食った)。
 ロサンゼルス時間の1日午前10時45分に到着。日付変更線のせいだが、どうにも妙な気分である。
 入国審査では全員が両手食指の指紋と顔写真を撮られるので、けっこう時間を要した。逆に質問は何もなし。
 旅行会社の送迎バスでホテルへ。車内で旅行の目的の話になり、「フィルハーモニックの演奏会を聴きに」と言うと、途中、ウォルト・ディズニー・コンサート・ホール(以下WDCHと略す)の前を通ってくれた。車窓から見た感じでは、周囲にオフィス・ビルが林立している中に小さくうずくまっているので、少し意外。
 ホテルのフロントでは知人が確保してくださったチケットを受け取り(わざわざ預けに来ていただいたようだ。感謝)、部屋に落ち着いて、PCの接続にも成功(DSLがフリーで利用できる。少し遅いが無料なのは嬉しい)。
 
 ここでWDCHに行くことにする。当初、初日は時差ぼけ等を考えて休息にあてるつもりだったが、あまり疲れていないし体調も悪くないので、当日券を入手できれば今日の演奏会から聴こうと決心。
 日本では悪名高いロサンゼルスの治安だが、旅行会社の人によると昼間は普通に行動できる(夜8時以降の一人歩きは不可)とのこと。それでもいくぶん緊張しつつ、なるべく顔には出さないようにして(汗)、ホテルからまっすぐ歩いて約15分でWDCH。
 狙っていた "Orchestra East" 、サントリー・ホールで言えばLA〜LBブロックに当たるところが空いており1枚購入、上から3つめのランクで82ドル(邦貨約10,000円)。ここで初めて(!)英語で話すことになり、少し慌てる。ちょっと油断していた(汗)。
 更にホール併設のLA PHILストアを覗く。結構大きなスペースで、品揃えもCDやオリジナル・グッズからジュエリー、子ども向けの音楽玩具まで幅広いのに興奮しつつ、実際に買うのはもう少し気持ちが落ち着いてからと言い聞かせて退散。
 ホテルに戻って昼寝。
 


ホールのロビー
(ホール内部は撮影禁止ですので画像がありません。悪しからず…)

コンサート第1回: 用意した携帯電話で現地の知人に連絡をとる。ロサンゼルス在住の知人は勤務中で留守番電話にメッセージを入れ、カナダから同じ演奏会を聴きに来ている方(今日のピアニストの大ファン。以前は当地に住んでおられた)につながった。
 「今、車でホールに向かっているところです… じゃあホテルに寄りますよ〜 あと10分くらいで着くと思いますから、ロビーで待っていてくださいね!」との有り難いお言葉。
 無事ピックアップしていただいて、WDCHへ。ホールの地下は巨大な駐車場になっている(3フロアくらいあったか)。要するに来場者ほぼ全員が車で来る前提、コートや手荷物を持っている人はなく、斉諧生のショルダー・バッグが目立つくらい。そのせいかセキュリティ・チェックにひっかかってしまったが、知人の通訳で事なきを得た。一人だったら話が通じなかったのではないか(汗)。
 
 建物の形態が複雑なせいか、内部の通路もどこがどの入口につながっているのかがわかりにくい。案内係は丁重に教えてくれるのだが、その英語がわからない(涙)。まあ、何とか辿り着く。
 ウィーンではプログラムは有料だったが、ここは1か月分が冊子になっているものを無料配布、案内係がドアを入るときに手渡してくれる。
 入った瞬間、サントリー・ホールと錯覚しそうなくらいそっくりな構造に吃驚。もちろんこれは設計事務所が同一だからだろう。
 そのせいかどうか知らないが、椅子と椅子の間隔が狭い! 座っているのが体の大きなアメリカ人ばかりなので、通してもらうのに一苦労。しかも今日の席は列の真中なので、どちらからも遠い!
 客の入りは良く、8〜9割程度。全体に年配のお客さんが多い(平日の夜だからかもしれない)。斉諧生が座った列は、他は全員、老夫婦連れだった。
 
 楽員はてんでばらばら、適当に席に着き、音を出している。聴き慣れたステーンハンマルのフレーズが聴こえるので嬉しくなる。
 驚いたのは楽器配置で、第1・第2ヴァイオリンが対向、チェロ・コントラバスが下手(しもて。向かって左側)に置かれている。アメリカのオーケストラではあまり見かけないし、また、サロネンが、こうしたアプローチをしたとは聞いたことがない。
 したがって斉諧生の目の下にコントラバスがおり、全部で8人。楽器はだいたい四弦でC-アタッチメント付き、弓の持ち方はドイツ式・フランス式混合であった。
 
 今日のコンサートマスターはマーティン・チャリフォー氏、彼が最後に入場してチューニングをすますと、いよいよ指揮者登場である。
 
 颯爽と登場したサロネン、話には聞いていたが、実物を見るとやはり小柄なのに驚く。相変わらずの童顔。
 燕尾服ではなく、どう言ったらいいのだろう、胸が開いていない、ちょっと変わった形の黒のジャケットの下に黒のTシャツ。
 もっと驚いたのが、指揮棒を持っていなかったこと(3曲とも、3日間とも)。振り方はビデオ等で見ていたのと同じで、手をひらひら動かしながらの大きな身振り、さながら両手から音楽が沸き立つ趣である。
 

1曲目の「フィンランディア」は、さすがフィンランド人で、指揮者は気合い入りまくり!という感じ。顔を紅潮させて、腕の振り一つにも力がこもっている。
序奏は、テンポこそあまり遅くないが、タメというか重さというかカロリーは、たっぷり。
特に30小節からの弦合奏に付されたアクセントは、ずっしりしたもの。
また、弦合奏の響きの素晴らしいこと! 
ロス・フィルというと、ディスク・ファンにはメータ時代のDECCA録音で馴染んだ、いかにもアメリカのオーケストラという響きが印象に強いが、全然違う。
ウィーン・フィルやチェコ・フィルといった、ヨーロッパの伝統を誇る団体と比べても、優るとも劣らない、みごとに調和したハーモニーが、ホールを満たし続けたのである。
特にチェロ・セクションの、重心が低く渋い響きには圧倒された。39小節以降、チェロが上向音型を3回繰り返すが、もう痺れてしまう。この音色でブルックナー;第7交響曲などやられたら堪えられないだろう。
 
主部(アレグロ・モデラート)に入るとテンポはやや速め、更にティンパニがリズムを叩き出すと(アレグロ)、もう一つヒートアップして、いわゆる「イケイケ」状態。
スウェーデン放送響とのCDでも同様のテンポなので、別にアメリカの聴衆向けというわけではなさそうだ。
指揮者の顔がひときわ紅くなって、熱気の籠もったリード。オーケストラもそれに応えて燃え上がる。
ただし美感は最後まで失わないところが、彼ららしい。
 
終結と同時に客席からは歓声や指笛が沸き起こる。舞台袖へ退がる指揮者も、どこかリングから降りてきたレスラーというか連続三振でピンチを救ってマウンドを降りるリリーフエースのような雰囲気。
口が丸く開いて「ほおっ! ほおっ!」と息を吐くような様子。
 
2曲目が遠征目的のステーンハンマル;セレナード
シベリウスの興奮のあと、けっこう無造作に始める。
オーケストラ、客席とも前の気分を引きずっているのか、多少雑然としたものを感じた。
弦合奏の彫琢も、シベリウスには及ばない。演奏し慣れていないからだろうか? 明日以降に期待したい。
 
もちろん、「決めどころ」は、まずまず決まっていた。
第2楽章の木管のソロは美しく(特にフルートは素晴らしかった)、また第3楽章の中間部 "Molto sostenuto" など極めて美しい。
やや疑問だったのは、コンサートマスターのソロで、美しい音色ではあるのだが、ヴィブラートが目立ち、斉諧生の好みからは外れる(これはN響定期のときもそうだった)。
また、ホルンがあまり良くなく、弱音での合奏が「決まらない」(第2楽章終結など)。
 
第4楽章は、ゆったりとした静謐な音楽に「想い」が込められ、非常に感動的。
そのせいか、楽章終結で拍手が起こった。
サロネンは背を向けたまま、挙げた右手を振って制止。少し客席の方を向き、「じゃあやるね!」みたいな顔をしたので、今度は笑いが起こった。
 
4楽章がここまで良いと、音楽がやや散漫な第5楽章は難しいかも、と懸念したが、非常に生き生きとした演奏(多少粗っぽい音も出ていたが)。
中でも終結前の弦合奏のゆっくりした旋律( "Tranquillo" )をかなり遅めにして懐古的な趣を強く出し、"Animato" との落差を大きくとったのは効果的。
最後の部分での音の扱いが非常に洒落ており、思わず客席から笑いが起こったほど。
 
客席の反応はなかなか良く、ブラボーの声も聞こえてきた。
拍手にこたえて単独で起立させたのはコンサートマスターのみ。
 
休憩後のグリーグは、少し居心地の悪い演奏だった。
まずピアノの鳴りが非常に悪く、フォルティシモが突き抜けない。
アンスネスには少し気の毒、そのためか弱奏・抒情味方向にシフトした演奏のように感じた。
クリスマスの雪が、さやさやと降りしきるような、スムースな弱音が美しい。
その一方で、オーケストラはゴージャスな響きがブリリアントに鳴り、アグレッシヴな音楽運びを強調する。
第1楽章終結の追い込みの凄まじさ!
これだと(喩えが悪いかもしれないが)ルービンシュタインみたいな独奏でないと釣り合わないのでは…などと考えていた。
 
それでも拍手喝采は猛烈、スタンディング・オーヴェイション。
それに応えてソリストのアンコールはメンデルスゾーン;無言歌より。
曲名がアナウンスされなかったので、聴いていてグリーグの小品かと思った。
トロル(北欧の妖精)が雪の中で寂しく遊んでいる様子を連想した。
 
 
なお、ホールの音響は極めて良好。
音が拡散せず、特定のパートが突出せず、ドライでもなく、変な響きが付いたりもしない。
 
ただ、聴衆の質はあまり高くない。
携帯が鳴ったりはしなかったが、演奏中にパンフレットを読む人は多いし、弱奏中に遠慮なく咳払いをする人も少なくない。

 終演後、知人に連れていただいて、アンスネスの楽屋を訪問。
 ステーンハンマルについて訊ねてみた。大意次の如し。

斉「ステーンハンマルの、例えばピアノ協奏曲第2番などは演奏されないのか?」
ア「第1番よりは興味の持てる曲だが、自分は弾いていない。」
斉「独奏曲はどうか。幻想曲、『晩夏の夜』などは?」
ア「幻想曲は知っているが、『晩夏の夜』は知らない。」

…ということで、どうも彼にはあまり期待できそうにない(苦笑)。
 グリーグ旧盤(Virgin)にサインを貰って退散した。
 
 開演が8時だったので、既に午後10時半頃。食事をと思ったが、これがたいへんだった。平日ということもあり、店が閉まっているのである。
 結局、24時間営業のデニーズ(名前は同じだが日本のデニーズとはかなり雰囲気が違う)で、フライドステーキとポテトフライという、アメリカの学生のような食事をする(笑)。
 これはこれで美味しく食べられたが、やはり量が多い(汗)。温かいうちには食べきれず、冷めたポテトフライの塩辛かったこと…!


日系アメリカ人博物館
現代美術館前からWDCHを望む

12月2日(金): 昨夜遅くなったので、ホテルの朝食時間ぎりぎりまで寝ていた。朝食は、アメリカ風のバイキングに、御飯や味噌汁、野菜の煮物などが加えられたような感じのメニュー。
 
ホテルの斜め向かいに日系アメリカ人博物館が建っていたので(そもそもホテルが「リトル・トーキョー」と呼ばれる日本人地区に立っているのである)、見学してみる。
 展示物の説明や係員の対応が英語で(一部に訳文が掲示してあった程度)、ざっと見た程度では深くは理解できず。移民の歴史と言うより、第二次大戦中の強制収容の歴史のPRが中心であった。
 米国内でのマイノリティ・グループとしての日系社会の自己主張という感じ。
 見学者には日系の子どもたちの団体が目立ったが、ボランティアらしい老人から英語で説明を受け、互いに英語で会話しているのには、なるほど理屈ではそうなのだけれども、少し衝撃を受ける。
 職場の同僚への土産に、博物館のパンフレット(日系アメリカ人の歴史についての小冊子)を購入。
 
 
 更に足を伸ばして現代美術館へ。ここはWDCHのすぐ南東にある。
 ちょうどやっていた特別展は「アメリカン・コミックの巨匠たち」。日本では大味だとかワンパターンだとか、あまり評判が良くない「アメコミ」だが、原画はさすがにパワフルで面白い。まあ、あまり根を詰めて見ようとは思えないが…。
 それよりも、常設展というか、新収蔵品の展示が面白かった。もちろん「変なもの」も少なくないのだが、「詰まらないもの」は、ほとんどない。
 荒木経惟や森村泰昌の写真も見かけた。
 上階のミュージアム・ストアに行ってみたが、ittaraの食器や無印良品の雑貨が並んでいるので少し幻滅。
 「泣き虫幽霊」の調味料入れなど面白かったが50ドルからするので馬鹿馬鹿し。「アート」と名が付くと高くなるのが癪の種。
 イサム・ノグチのテーブルランプは良かったが、かさばるものは運べないし…。
 結局、手ぶらでホテルへ戻って、昼寝。


WDCHは小高い場所にある
LA PHILストア外観
プレ・コンサートのレクチャー

コンサート第2回: ホテルの食堂で軽い食事をして、午後6時半で既に暗くなっているのと、歩くのが億劫なのとで、タクシーを呼んでもらいWDCHへ。

LA PHILストアで1点買物。
レイフ・オーヴェ・アンスネス(P) アントニオ・パッパーノ(指揮) ベルリン・フィル
ラフマニノフ;P協第1・2番(EMI)
アンスネス・ファンの知人に薦められたのと、もし今日、楽屋で会うことになれば、これにサインを貰おうという思惑から。
まず、午後7時から始まるプレ・コンサートのレクチャーを聞く。
地元の評論家(?)が3曲について解説するのだが、もちろん通訳などあるわけもなく、英語が2割ほどもわからない(汗)。
ステーンハンマルに関しては、まず
「この作曲家は全然知られていません。誰かこの曲を聴いたことがある人はいますか?」と聴衆に質問を振る。
もし指名されたら英語では答えられないと思い、残念ながら沈黙。
前の方で挙手した紳士がいたが、講師が
「きっと昨日、ここで聴いたんでしょう」
とジョークをかましておしまい。
 
聞き取れた範囲では次のようなことを話していた(と思う)。
・彼はヨェーテボリ響の指揮者として、(当時の)新しい音楽を盛んに指揮した。
  シベリウス、ニルセン、ドビュッシー、マーラー、レーガーなど。
・1907年、イタリアへの憧れから作曲に着手(有名な書簡の引用)、完成に5年を要した。
・この曲は、様々な「雰囲気 mood」が素早く次々と移り変わるのが特徴。
・彼は指揮者として管弦楽法に通暁しており、この曲の演奏はなかなか難しい。
・(第2楽章冒頭、CDをかけて)実に美しい。ゆっくりしたワルツのリズム。
・第4楽章は「恍惚とさせる ecstatic」。
・第5楽章の最後、空が暗くなってくる…。終結はクライマックスではなく「癒し retreat」。
 
グリーグの話に移ったところで抜けだし、カウンターでコーヒーを頼む。3ドルでカップをくれて、あとはセルフサービスで飲み放題。「レギュラー」と「カフェイン抜き decaf」が用意されていた。
 
今日の席は、Front Orchestra、前から2列めの右端。ちょっと第2Vn側に偏っている。
昨日より客の入りが更に良くなり、客層も少し若く(中年が多く)なったようだ。
 
1曲目「フィンランディア」は、ほぼ昨日と同様の音楽。
席が指揮者に近くなり、彼の紅潮ぶりが一層よくわかる。
相変わらず弦合奏は素晴らしい。
アレグロの速いテンポも同様。客席も沸き、指揮者はやはり燃え上がって指揮台から降りる。
ただ気になるのは、あの「フィンランディア讃歌」の歌わせ方が、多少素っ気ないこと。
隣席の御婦人は、そこで気持ちよさそうに旦那さんの肩に頭をもたせかけていたけれど…。
 
さあ、今日に賭けたいステーンハンマル;セレナード
明日は3日目だしマチネなので、演奏者の緊張感が落ちないか心配。
第1楽章
弦が良くなっている! 合奏精度が格段に向上。
今日の練習でしごいたのか? (笑)
木管は昨日同様、表情をあまり濃くせず、清澄な音楽が美しい。
コンサートマスターの独奏は、少しポルタメントもあるが、しつこくはない。今日は清澄に聞こえる。
この楽章、いやこの曲で一番好きな部分、ヴィオラとチェロの分奏に乗って第1ヴァイオリンが歌うところも、決まった!
ああ、これを聴きにここまで来たんだ…と涙ぐむ。
その後のヴィオラ・チェロも美しい。
 
今日は席が舞台に近く、少し見上げる位置なので、指揮者の向こう、すぐのところにヴァイオリンの後席やコントラバスの奏者の顔が見える。オケ全体の一体感を感じる。
 
第2楽章、冒頭のクラリネットのメロディは耳に馴染んだものだが、その下で第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの掛け合いがあり、これが実に美しい。
対向配置のおかげで良く聴き取れた。もちろん、演奏がよいから美しく聴こえるのである。
この楽章にもコンサートマスターのソロがあり、それを更にチェロのソロが受けるのだが、チェロの甘美な音色に陶然とする。ここのチェロ・セクションは本当に素晴らしい。
昨日へこんだ楽章終結のホルンの弱奏も、今日は良かった。
 
第3楽章、実に生き生きとしたスケルツォで、コンサート前のレクチャーで言っていた「moodの移り変わり」というのが納得できる。
中間部の美しさ!
クライマックス(シンバルが鳴るところ)の高揚!
アタッカで第4楽章に移るところでは、細心の注意が払われた。
 
そして、とてもとても美しい第4楽章。指揮者の思い入れとオーケストラの緊張感が、感動を呼ぶ。
フルートの独奏が実に気高い。デクレッシェンドしてゆく余韻の美!
ホルンの「こだま」、それを支える弦も美しいこと!
これだけの演奏をしてもらうと、シベリウスの緩除楽章より崇高な音楽として鳴り響く。
 
昨日同様、楽章終結でやはり拍手が−昨日より大きく−起こった。
サロネンは音楽が終わっても、ずっと腕を上げていたのだが、少し緩めたところで拍手が来たのである。
すると、食指だけを伸ばした右手で「チッチッチ」をして、少し振り返って「One more!」と言ってから、フィナーレに入ったのである。
昨日は少しムッとしていたらしいが(ギャラリー席にいた知人の話)、今日は面白がっていたに違いない。
 
第5楽章冒頭のホルンは、いくぶん昨日より伸びやかに感じられる。音色も佳し。
音楽に本当に生き生きした生命感が吹き込まれ、ちっとも退屈しない(汗)。音楽が弱く感じられない。
終結では、やはり笑い声が起こった。
これは、気持ちがよくわかる。直前の "Tranquillo" の部分との対比が大きく付けられているし、フレージングのニュアンスが実に面白い。
もしかしたら、笑いが出たことを指揮者は「してやったり」と思っているのではないか。これはぜひ、本人に尋ねてみたいところだ。
 
今日は、昨日のような物足りなさもなく、思いっきりブラボーを叫ぶ。
 
後半のグリーグは、昨日よりも楽器が良くなったようで、アンスネスのピアノのキラキラした感じが、今日はちゃんと出ていた。
第1楽章カデンツァ・第2楽章・第3楽章中間部はしっとり系。
音楽の方向性も、昨日に比べて、今日は両者とも歩み寄った感じ。
 
アンコールは、弱音の抒情美が素晴らしい曲。
アンスネスも凄いと思う。これだけの弱音をムラなく引っかかりなく弾いてのけるのには感嘆。
今日こそグリーグ、と思ったところ、やはりそうだったらしい。晩年の、珍しい作品だそうだ。
 

終演後、当地在住の知人が仕事を終えて来てくださり、3人で楽屋へ。
アンスネスの控室の様子をうかがっていると、秘書の方が声をかけてくれ、彼はサロネンの部屋にいるとのこと。
「何してらっしゃるんですか?」「ビール飲んでるんじゃない(笑)」と、呼びに入ってくれる。
確かにビールを手に出てくる(爆)。
 
ところが、どうもあまり御機嫌麗しくない。「湿気が多くてコントロールできなかった」という趣旨のことを言っておられたらしい。
確かに当夜、ロサンゼルスには珍しく、雨が降っていた。
斉諧生がホールに着いたときには時折、雨粒が…という程度だったが、演奏会が始まる少し前からかなり強い雨になっていたのである。
 
サロネンの部屋には、元・副指揮者の篠崎靖男氏の顔も見えたが、皆、かなりシリアスな表情で、ちょっと声をかけたり呼んでもらうのが憚られる雰囲気だったとのこと。
なお篠崎氏は京都出身、立命館高校の卒業である。
 
早々に退散、皆でボナベンチャー・ホテルのステーキハウスで食事をして、自分のホテルに戻る。
なお、このホテル、数多くの映画のロケーションが行われたところだそうな。

チケット・オフィスの人だかり
お店も混雑

12月3日(土): 昨日同様、ぎりぎりまで寝てから食堂へ。
 起きたときから鼻水が出ており、頭も少しぼうっとした感じで、体調があまりよくない。持参している風邪薬を飲み、寝直そうとしたが30分たっても寝付けない。
 しかたなく起き出し、12時半頃、タクシーでホールへ。
 
 まずLA PHILストアに入り、家人と知人への土産としてホールのオリジナル・グッズをあれこれ購入。
 CDはけっこうたくさんあるが、ほとんどはメジャーレーベルのありふれたものなので手を出さず。
 今日は週末とあって、一段と賑やか。チケット売場の人だかりが凄いし、LA PHILストアの中も人だらけである。
 また感心したことに、お店の手伝いのボランティアが何人も来ておられることで、斉諧生もWDCHのスケッチ入りTシャツを買うときに手伝っていただいた。
 人品卑しからぬ老婦人で、もしかしたらずいぶん社会的地位のある人ではなかろうか。ボランティア活動が社会的ステータスと結びついているアメリカならでは。それを言えば、このホール自体が、ウォルト・ディズニー未亡人の寄付でできた建物である。 


コンサート第3回: 今日の席は昨日より数列後ろの左寄り、ステージとほぼ同レベルで管楽器奏者の顔もちゃんと見える。
 隣席は体の大きな(前を通るとき彼の膝がつっかえて苦労した)黒人の御老人で、奥さんも御一緒。
 気のいい人らしく、話しかけてきてくれた。

老「あんたどっから来たんや」
斉「日本からです」
老「15年ほど前に行ったな。鹿児島から稚内まで汽車で行ったで」
斉「え、それじゃまるまる日本縦断じゃありませんか!」
老「ええ国やったな、ワッハッハ! あんた何しとんじゃ」
斉「教員(ティーチャー)です」
老「プロフェッサーか」
斉「いえ、ハイスクール・ティーチャーです」
老「わしはプロフェッサーやった」
斉「ご専攻は?」
老「国際法である」

…もう冷汗三斗。ちゃんとしゃべれたら、もっと会話が続いたのだろうが…。あとで悔やんだのは、「God bless you !」に「Thank you」としか言えなかったこと。「You, too!」等と返すべきだったか。
 ただし、この御老人、演奏中に声を出す、奥さんに話しかける、膝を叩いて拍子をとる…(汗)、ちょっと参った。

今日もフィンランディアは気合い満点。
3日間では一番がっちりと重々しい身振りで振っている。
弦合奏の音色は相変わらず素晴らしい。
完成度は3日間で最も高いが、反面、音楽全体が落ち着いてしまっているように思う。
「フィンランディア賛歌」のメロディを吹く木管、やはり北欧、特にフィンランドの団体とは音色感・感情の面で開きがある感じ。
 
これで最後のステーンハンマル;セレナード、集中して聴こうとするが、どうも体調のせいか、時々、気が抜ける。
オーケストラの集中力も、昨日に比べれば今ひとつ、と感じれられるが、あるいはこちらの問題だろうか?
今日は第1楽章の終わりで、間の抜けたタイミングで拍手が来た。よくわからぬ。
サロネンの困ったような表情と仕草に、また笑い声と拍手が起こる。
第4楽章では、今日は拍手なし。第5楽章では、やはり少し笑い声が。
 
これで終わったら嫌だな…と思っていたが、グリーグが3日間では最高の出来になった。
楽器の調整がうまくいったのか、強奏の響きがすっきり抜けるようになり、気持ちよい。
また、今日はアンスネスの音楽にサロネンが付けている感じがする。
カデンツァのあとを、けっこう粘って、ピアニストの思い入れを受け継いでいたことなど。
第2楽章冒頭の弦合奏も美しい。
 
アンコールは、メンデルスゾーン;無言歌から。
 

サロネン"襲撃": 終演後、今日こそはと、知人ともども楽屋へ。実は誰でも入れるわけではなく、これはかねてオーケストラ関係者と仲良くしている知人のおかげ。
 先客が1組あったあと、オーケストラの事務局長ほかが打ち合わせに入ってしまった。話が長い人らしく、数十分経っても出てこない。
 一緒に待ってくれている知人に申し訳なく、諦めようかとも思ったが、いややはりこれは一生一度の機会だから厚かましく粘ろうと、頑張っていた。
 ようやく打合せが終わり、秘書の方(東洋系の若い男性)が中に声をかけてくれて、短時間ながら、サロネンと話をすることができた。その概要は次のとおり。

まず知人が「ステーンハンマルを聴くためだけに日本から来られた方です」と紹介してくれる。
「(持参したセレナードのサロネン盤を見せて)あなたのCDが長い間、宝物でした。ずっとあなたの実演が聴ければと夢見ていましたが、それがかなってとても嬉しい。実現するならストックホルムでかと思っていましたが、ロスでとは意外でした。」
サロネンそれはそれは。フライトが少し短くてすむから、よかったね(笑)
「今回、どうしてステーンハンマルを?」
サロネンう〜ん、スカンジナビア・プロは前からやりたかったし、ここではステーンハンマルが演奏されたことがないって言うから…。僕も15年ぶりで振ったんだけど。よみがえった〜!って感じかな。
「ほかの曲は演奏されないのですか? 交響曲第2番とか。」
サロネンそうだね〜。ピアノ協奏曲はこの前、若いピアニストとやったよ。え〜っと、名前は何と言ったかな…そうそう、ペール・テングストランド。」
テングストランド! 彼だったら、1番の協奏曲ですね!」
サロネンそうそう
「今回の演奏では、4楽章がとても素晴らしくて、これまでどのCDで聴いたよりも素晴らしくて、シベリウスよりも優れた音楽に聴こえました。」
「5楽章の最後で、3日とも客席から笑い声が聞こえていましたが、あれは指揮者のお気持ちどおり(狙いどおり)ではないかと感じましたが…」
サロネンああいうの、あるでしょ、そう、例えば『薔薇の騎士』の最後さ、お話が全部終わって、子どもが出てきて、もうおしまいですって(ヒラヒラと手を振る)、あんな感じ。
知人「あなたが作曲された『LAヴァリエーション』にもそんなところがありますね」
「曲順ですけど、フィンランディアは、フィンランド人指揮者としては最後に演奏したかったのでは?」
サロネンん? あれはあれでよかったのでは…。今回のプログラムはいい構成だと思うよ。…じゃ、そろそろ帰らなくちゃいけないので…
「ありがとうございました。スコアにサインを頂戴できませんか?」
サロネン喜んで。
 
スコアにサインをいただたところ、更に「そっちにもしようか」と言う感じでCDを指さしてくださったので、CDにもお願いした。
ブックレットの裏側に指揮者の写真とプロフィール記事があるので、その欄外にお願いしたところ、
秘書「(写真を見て)誰ですか、それ。(笑)」
サロネン年の若い弟さ。(爆)
というやりとりもあった。
 
時間がなかったのと、それ以上に正直、あがってしまっていて(汗)、せっかくデジタル・カメラを持参したのに写真が撮れなかったのは、少し残念。

屋台村のブラジル料理

音盤屋荒らし: 演奏会と楽屋"襲撃"が無事終わったところで、3人で食事に。
 Farmers Marketという、ショッピングモールと屋台村が併設されたような施設でブラジル料理を食べる。知人に言わせると、当地で美味しいものを食べるにはエスニック系が一番、とのことである。
 そして念願の(笑)音盤屋へ。
 
 Amoeba Musicという、新品もアウトレットも中古盤もLPも置いている店で、日本で一番近いのはディスクユニオンだろう(もっとも店舗は非常に広く、すべてのジャンルがワンフロアに入っている)。
 Telarcの新盤が10ドルほどで並んでいたり、もう手に入らないだろうと思っていたCDが中古で転がっていたり、まさに宝の山。
 とても全部は買い切れず、それどころかクラシックの棚を全部チェックすることすらできず、20枚ほど買ったものの、ほとんど「宝の山に入って手を空しくして帰る」心地。
 ロサンゼルスに行かれる機会がある方には、ぜひ、訪ねられることをお薦めしたい。

その際の収穫は、次のとおり。
アレクサンダー・ギブソン(指揮) スコットランド・ナショナル管
シベリウス;交響曲第4・5番(CHANDOS)
これは廉価盤でしか持っていないので、初出のレギュラー盤を探していたもの。
第1・7番もあったのだが、架蔵済みと勘違いしておいてきてしまったのが残念。
 
パーヴォ・ベリルンド(指揮) ヘルシンキ・フィル
シベリウス;交響曲第4・7番(EMI)
これは国内盤しか持っていないので、初出のイギリス・プレス盤を探していたもの。
 
ヴァーノン・ハンドリー(指揮) バーミンガム市響 ほか
ブリス;ジョン・ブロウの主題による瞑想曲 ほか(EMI)
このところ蒐集しているハンドリーが何枚かあった。全部は買い切れず、曲目的に面白そうな1枚を購入。
 
ウィントン・マルサリス(Trp) エサ・ペッカ・サロネン(指揮) ロサンゼルス・フィル ほか
「オール・ライズ」(Sony Classical)
サロネンとマルサリスの共演盤、日本の音盤屋ではジャズのコーナーにあるが、レーベルはClassical。
2枚組で買いそびれていたのだが、ようやく安いのが見つかったので購入。
 
マリオ・ブルネロ(Vc) ザグレブ・ソロイスツ
ハイドン;Vc協第1・2番(RS)
これが今回最大の収穫。
好きなチェリスト、ブルネロの未架蔵盤で、中低弦提琴倶楽部さんで見て以来、聴きたくてたまらなかったもの。
イタリアのマイナー・レーベルで、もう入手は難しいだろうと諦めていたところ、ロサンゼルスで見つかるとは…!
クリスティアン・ツァハリアス(P & 指揮) ローザンヌ室内管
シューマン;P協 ほか(MDG)
今回、世話をしてくださった当地の知人が大の贔屓のピアニスト、その代表盤をようやく購入。
 
ヤン・エリク・グスタフソン(Vc) サカリ・オラモ(指揮) フィンランド放送響
プロコフィエフ;協奏交響曲 & メリカント;Vc協第2番(Ondine)
今年5月にアルヴェ・テレフセンとのピアノ三重奏を聴いた、素晴らしいチェリスト。
 
ドミトリー・シトコヴェツキー(Vn) デヴィッド・ゲリンガス(Vc) ほか
ベートーヴェン;セレナード集(Virgin)
ジェラール・コセ(Va)も参加しており、このメンバーならぜひ聴いてみたい。
 
ロレーヌ・マッカスラン(Vn) ジョン・ブレイクリー(P)
ベートーヴェン;Vnソナタ第5・9番(IMP)
マッカスランは、地元エルガーやバントックのソナタや、リリー・ブーランジェの録音があるヴァイオリニスト。
 
ヤーノシュ・シュタルケル(Vc) ほか
シューベルト;弦楽五重奏曲 ほか(Delos)
シュタルケル80歳の記念盤。シューベルトの五重奏は聴き逃したくない。
 
シュロモ・ミンツ(Vn) イタマール・ゴラン(P)
ブラームス;Vnソナタ & Vaソナタ全集(AVIE)
2枚組が14ドルほどで並んでいたので購入。
 
デニーズ・ジョキッチ(Vc) デイヴィッド・ジャルバート(P)
「フォークロア」(ENDEAVOUR)
先だってユビュ王の食卓で紹介されていたもの。
通販で買おうと思っていたところ、運良くカットアウト盤で安いのが見つかった。
 
レイフ・オーヴェ・アンスネス(P) イアン・ボストリッジ(Ten)
シューベルト;Pソナタ第21番 ほか(EMI)
今回のソリストに敬意を表し、最近録音しているシューベルトから、斉諧生が好きな曲の1枚を購入。

12月4日(日): いよいよ最終日。
 この日は完全に移動日で、朝6時過ぎに起床、7時過ぎにトランクのピックアップがあり、8時に迎えのバスが来て、空港へ。
 昨今、セキュリティ・チェックに時間がかかるので、出発3時間前には空港に着いているように、という指示である。
 斉諧生のトランクも開けられたが、もちろん何もなし。CDは手荷物にしている。
 9時過ぎにはチェックインも終了、出発までを西村雄一郎『黒澤明と早坂文雄』を読んで過ごす。
 飛行機の準備が遅れ、午後0時30分出発予定のところが、結局、午後1時30分までずれ込む。
 機内では上掲書を読み終え、あとはビデオやゲームで時間を潰す。
 関西国際空港着は12月5日(月)午後6時35分(JL069便)。
 明日からはまた仕事だ。


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